朝の「よし、今日はちゃんとやろう」が、一日を重くしていた
朝は、不思議と前向きになりますよね。
起きて、顔を洗って、コーヒーを飲んで。
少し頭が冴えてきたところで、ふとこう思います。
「よし、今日はちゃんとやろう」
こう思えることは非常に良いことです。
むしろ、いい一日の始まりに見えます。
でも私は、ある時から気づきました。
この「よし」が出た日は、だいたい一日が重い。
やる気がないわけではない。何もしていないわけでもない。
それなのに、なぜか疲れる。途中で迷う。
夜になると、うっすら自己嫌悪が残る。
この記事では、「決断ごとは朝にする」ことによる背反を解説します。
朝の判断は、なぜか「正しい気」がしてしまう

朝は頭がスッキリしている。だから、判断力も高い。
そう思っていました。
その結果、朝にこんなことを決めていました。
- 今日はこれをやる
- 今日は無駄な時間を減らす
- 今日こそ、ちゃんと進める
どれも正論です。でも、昼を過ぎたあたりで、よくこうなります。
「……なんで、これをやるって決めたんだっけ?」
朝に決断していたのは「今の自分」ではなかった
後から振り返って、気づいたことがあります。
朝に物事を決めているのは、
今の自分ではなく、理想の自分だったということです。
- 集中力が続く前提
- 迷わない前提
- 疲れない前提
いわば、フルスペック想定。
でも現実の一日は、
- 午後に集中力が落ちる
- 想定外の用事が入る
- 気力が思ったより持たない
当然、ズレます。
ズレた結果、
「決めたのにできない自分」
が残る。
問題は判断力ではなく「判断の量」だった

最初は、こう思っていました。
「朝は判断力が低いのかもしれない」
でも、違いました。
朝はむしろ、判断力が高い。
ただし、判断する量が多すぎた。
- 理想の自分
- 昨日の反省
- 将来への不安
- ちゃんとしなきゃ、という気持ち
これらを全部まとめて、
一気に決めてしまっていた。
それを一日分の自分に押し付けていた。重くなるのも、当然です。
これらは、最近流行りのモーニングルーティンの影響もあるでしょう。
見ず知らずの一般人のルーティンを見て何なんだとなりそうなところですが、他の人は朝早くからこんなに取り組んでいるのかと錯覚してしまいます。
この錯覚が、ちゃんとしなきゃを押し上げてしまうんですよね・・・
朝は「疑わない時間」になりやすい
もう一つ大きかったのが、これです。
朝は、自分の考えを疑わない。
夜なら、
「それ無理じゃない?」
「優先順位おかしくない?」
と一度は立ち止まる。
でも朝は違う。
前向きな気分が、
そのまま「正しさ」にすり替わる。
だから、決断が軽い。
そして、修正がきかない。
朝にやるのをやめたこと
このことに気づいてから、
朝の過ごし方を少し変えました。
大きな改革ではありません。
- 朝に新しい決断をしない
- 朝に方向性を考えない
- すでに決まっていることだけをやる
例えば、
- 前日に決めた作業を淡々と進める
- ルーティン作業だけをこなす
- 深く考えずに手を動かす
それだけです。
「ちゃんとやろう」をやめたら、一日が軽くなった

正直、劇的な変化はありません。
でも、
- 途中で迷う回数が減った
- 無駄な自己反省が減った
- 「今日はダメだった」という感覚が減った
この差は、かなり大きかった。
できることが増えたというより、
自分を責める時間が減った感覚です。
朝は、頑張る時間じゃなくていい
今は、こう思っています。
朝は、
- 自分を奮い立たせる時間
ではなく - 自分に期待しすぎない時間
「よし、今日はちゃんとやろう」
よりも、
「まあ、とりあえず始めるか」
くらいがちょうどいい。
特に朝からやる気のある日に、何もできなかったとなると、自己嫌悪になってしまいます。これも、
「まあ、また明日やるか」くらいに留めておけば良いです。
まとめ:朝の決断は、少なければ少ないほどいい
朝に前向きになること自体は、悪くありません。
でもその勢いで、
一日分の決断をまとめてしてしまうと、
あとから自分が苦しくなる。
判断力が落ちたわけでも、
意志が弱いわけでもない。
ただ、
朝の自分を信用しすぎていただけ。
もし最近、
- 一日が重い
- 決めたことが続かない
- なんとなく自己嫌悪が残る
そんな感覚があるなら、
朝に「決めすぎていないか」
一度だけ振り返ってみてください。
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